sage 2009/09/20(日) 14:05:35 ID:9epKxXJT0
もう辺りは真っ暗になっていました。
雨足は弱まるどころかさらに強くなり、長い時間を歩き続けたために疲労もすでに限界です。
この頃には既に私の中にあった祠や崇りへの恐怖は薄れ、
代わりに「もう帰れないかもしれない」という不安と恐れが、
今にも私の身を食い尽くそうとしていました。
それが起こったのは、そんな時です。
私は 何か に足を取られ、前に広がる水溜りの中へ盛大に顔を突っ込みました。
その拍子に細かい砂か砂利かが目の中に入り、痛くて瞼が開けられません。
目を擦ろうとしますが、両手も同じように砂と泥にまみれているため、それすらままなりませんでした。
雨と暗闇の中、さらに視界を奪われ、服や靴は水を吸い重たく、手足は疲労により石のように固まっています。
まさしく八方塞がりでした。私は水溜りの中に座り込み、動く気力も無く、
ただ身体に打ち付ける雨の感触に身を委ねて、力なくうなだれました。
その時。
何者かが私の右の手を掴みました。
そして、私を立たせるように引っ張り上げたのです。
私がつられて立ち上がると、ソレは私の手を引いたまま、どこかへ連れて行くかのように進み始めました。
私は逆らうこともせず、引かれるままについていきます。向かっているのは私が歩いていたのと同じ方向。
川と、谷と、崖がある方角でした。
その時は私の考える力は半ば麻痺していて、ただ何となく、谷のほうへ向かってる。
なら谷を飛び越えて川の向こう側にでも行くんだろうか? その程度にしか思考がはたらきません。
ただ手を引かれるに従い、川の流れに身を委ねるように、ソレついていくのみでした。
sage 2009/09/20(日) 14:08:27 ID:9epKxXJT0
私の手を引く何者かは、途中で何度か方向を変えながらも相変わらず進み続けています。
走るように歩く速さで、迷ったり止まったりすることも無く。
途中、何度か転びそうになった時でも、ソレは私の手をしっかりと掴んだまま、
決して放すことはありませんでした。
私を起こすように強く手を引き、倒れそうな身体を支えながら、けれどやっぱり止まることはせず。
しばらく歩き続け、私は自分の踏む地面がむき出しの土から舗装された道路へと変わったことに気づきました。
どうやらハイキングコースまで戻ってきたようです。
ここからなら、ふもとの町までそう時間をかけずに戻ることが出来るでしょう。
けれどソレは私の手を引いたまま。私もそれに従って、目を閉じたままで歩き続けました。
やがて、ソレは不意に私の手を放しました。辺りからは、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえます。
私はいつの間にか開けられるようになっていた目を、ゆっくりと開きました。
私の周りには傘をさした大人が数名、駆け寄ってきます。
どうやらハイキングコースの入口にあたる、駐車場兼広場にいるようです。
こちらへ駆け寄ってくる人影の中に、父と、母の姿もありました。
sage 2009/09/20(日) 14:09:35 ID:9epKxXJT0
まだろくに道も整備されていない山の中て、一人の女の子が行方不明になりました。
ふもとの町では大人たちが集められ、山狩りまで行われましたが、
結局女の子は見つからなかったのだそうです。
それからも度々同じようなことが起こりました。
山へいった子供が、あるいは崩れてきた土に潰され、あるいは川に流されて、その命を落としてしまうのです。
みんながみんな助からなかったわけではなく、中には山で迷いながらも無事に戻ってくる子もいました。
しかし彼らはみんな、口をそろえてこう言います。
「山の中を歩いている時、誰かに手を引っぱられた」
そして彼らの右手首には、決まって手の形をしたアザがあるのです。
もしかしたら、先に行方不明となった女の子の崇りなんじゃ?
いつしかそんな噂が町に広まり、大人たちで話し合った結果、
最初の男の子が犠牲となった崖の近くに小さな祠とお地蔵様を置いて、崇りを鎮めようとしたのでした。
けれど後に聞いた話では、手の形をしたアザがあるのは無事に戻ってきた子にだけで、
遺体となって発見された子供たちの身体には、手形のアザは一つとして見つかることは無かったそうです。
山で最初に亡くなった女の子は、果たして本当に崇りを起こしていたのでしょうか?
私はあの時、駆け寄ってきた両親に抱きしめられながら、
誰が自分をここまで連れてきてくれたのかと尋ねました。
しかし両親を始めとしてその場に居合わせた大人達は、みんな口をそろえて
「お前は一人で戻ってきたじゃないか。だれも一緒にはいなかったよ」
と言いました。
その時、私は祖母から聞いた話を思い出したのです。
「あの子は神様に連れて行かれて、あの山の山神様になったんだよ。
きっと、これから私たちのことを守ってくれる」